تسجيل الدخول第一章 第二話 上場準備
玲奈は再び目を開いた。
少し目を閉じたことで身体が回復したのか、視界がクリアになる。 白い天井は変わらない。 ただ、学校や病室の天井で見る、白地に黒やグレーの点々があるトラバーチン模様の天井材ではなく、真っ白な天井だった。 火災になったときのためか、スプリンクラーのようなものが設置してある。――視線も感じるけど……、気のせいね。
玲奈の印象は病室というよりも、ビジネスホテルだ。
部屋の中は輸液バックのあるスタンドがあるものの、セミダブルほどのベッドの大きさ、そして机と椅子が一脚ずつある。 気になることは多々ある。 ――なんで裸で、点滴を受けているのかしら……。包帯が巻かれているわけでもないのに……。自分の制服はどこに行ったのだろうか?
そして――。 視線が彷徨った先。「なにこれ……」
自分の左肩が目に入った。
そこに文字がある。 それは見慣れない書体であるものの、意味は理解できる。――RENA-09。
意味は分からない。
だが、それが自分のものだということだけは分かった。 玲奈の胸がゆっくりと上下する。 身体の中で寒さを感じ、少しでも熱を求めるように。 ごくっと喉元を鳴らす。 玲奈は嫌な予感だけが、はっきりしていた。◇◇◇
しばらくするとキイっと無機質な音がした。
扉が開く。 玲奈は反射的にそちらを見ると部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。医師のようでスクラブスーツの上に白衣を羽織っている。
背筋がまっすぐで、無駄のない歩き方だった。 年齢は三十前、二十代後半に見える。 玲奈よりも身長が高く、金髪のポニーテールが似合っているのだが、眼鏡が少し、怖さを感じさせる。――よかった。
玲奈はホッと安堵の息を漏らした。
――女性医師なら、何もないわよね。
女性は何も言わずにベッドの横へ来る。
点滴のチューブを見て、無言で外した。 玲奈の腕に軽い痛みが走る。「……あの」
久しぶりに出した自分の声はかすれていた。 「ここはどこですか」 女性は答えなかった。 玲奈が女性を見るとネームプレートと顔写真がありトクガワ=ルリ、――五州? 隷嬢? 聞き覚えないわ。
文字は見たことがない。
しかし、内容は理解できた。 玲奈は女性を見ると、背中が冷えるような視線を感じた。 「名前は?」――医師、よね。
「……玖段、玲奈……です」
玲奈は名乗りつつ、嫌な予感が消えなかった。
――名前を名乗るときは、不吉に気を付けろ。……お父さんの言葉……。
それは玖段という名は妖怪の『
◇◇◇
玲奈が何かを聞こうとして、言葉が出ない。
女性――ルリが沈黙を唐突に破る。 「何が聞きたいの?」 ルリが椅子に座りつつ、端的に尋ねる。 玲奈はごくっと息を呑む。――何もかもが分からない。聞くのにも覚悟が必要、ね。
まず、自分の知る最後の記憶を頼りに、今の状況を理解できる言葉で紡ぐ。
「……わたしが電車、にはねられて、その、助けてくれたんですよね……?」 「それは知らないわ」 ルリは眼鏡を直しつつ、すぐに言った。「他国の少女が緊急搬送されてきた。それだけよ」
玲奈は黙る。
言葉が頭に入らない。――『他国』?
玲奈は読めないネームプレートを見て、だんだんと不安になる。
玲奈の混乱をよそに、ルリは続けた。 どうでもいい、という表情で。「運が悪いのね。貴女は助かったわ」
玲奈はルリの言葉に動揺を隠せない。
ルリは玲奈に近づいて耳元で囁く。 「さらに運が悪いのね。貴女は処女ね。処女膜を確認させてもらったわ」玲奈は理解できなかった。
「……え?」
男性経験はないが、それを知らない人間に言うことはない。 「なんで、え? 確認……」戸惑う玲奈とは異なり、ルリはそのまま話を続ける。
「命が助かった代わりに、貴女は隷嬢になった」 玲奈は言葉を失った。『隷嬢』という言葉、左肩に刻印されたRENA-09。
ゾクリと、身体の芯から嫌な予感が玲奈を支配する――。
◇◇◇ルリは真っすぐにしかし、興味がなさそうに玲奈を見る。
それが逆に玲奈の不安を煽る。 「隷嬢は、セックス中に快楽を感じると、とあるエネルギーを産みだすわ。そのために隷嬢はウィルスを体内に入れる必要がある」 玲奈の視界には輸液バックがある。――あの中に……。ウィルスが。
玲奈の表情が青くなっていく。
「活性化した年齢で固定される。怪我も病気も治る。生理も来ない。必ず何かを犠牲にする。
「ちょ……、ちょっと待って……」 頭の中でぐるぐると言葉が巡る。 しかし、脳がその言葉の理解を拒絶したように、言葉が滑る。 ただ、ルリの説明は続く。 バックを取り出し、ノート型の端末を取り出す。 「ただ、メリットだけじゃない。隷嬢は男――アニムスとセックスして感じるとエネルギーを生み出す。私たちは「な、意味が……分かりません……」
ルリは端末のディスプレイを見ながら、キーボードで何かを入力していく。
「そのエネルギーは市場で取引して、値をつける。貴女はRENA-09というエネルギーを生産する銘柄ね」 玲奈は現実に対して、首を振る。「……わからない、です。」
「別に貴女がすべて一から十までエネルギー市場を理解しろ、という話じゃない。大事なのは、セックスして感じていればいいだけ。エネルギーの取り出しは勝手にやる」違う、そうじゃない。
玲奈は叫びだしたくなる。 歯がカタカタと鳴る。 だが、現実に震えるだけしかできない。「さて、貴女を上場させるための資料を私は作る」
ルリのモノを見るような瞳に、玲奈は恐怖する。
涙が一筋、頬を伝った。 不吉が現実のものになる――。◇◇◇
玲奈は、自分が何も着ていないことを意識して、布団を胸元に引き寄せる。
指先が震える。 玲奈は一縷の望みをかけて、ルリへと尋ねる。 「診察……ですよね」 ルリは首を横に振った。「違うわ」
ルリは玲奈を見た。
その表情は理解の遅い子供を見るようだった。「エネルギーがどれくらい取れそうか、チェックしないといけない。今日のアニムスはCランクね。顔だけは良いから安心しなさい」
涙が頬を伝って、布団に零れる。
玲奈は僅かに拾い集めた言葉を合わせて、理解した。 この後すぐに、顔も知らない誰かと性行為をする、と。 「性行為のあと、何もなければ約6時間程度で処女膜は再生するわ。初めてをしっかり味わいなさい」 「いや……」 玲奈は力の入らない身体に絶望する。ルリが玲奈の布団をはぎ取る。そして、右手の親指でスプリンクラーを示す。
「ああ、資料は誰にでも見れるように、撮影されて公開されるから。処女喪失をしっかり見せるのよ?」 無理矢理犯されて、それを撮影公開される。 玲奈の精神が崩壊していく。 「……いや、いやあああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!」 ルリは玲奈の叫びを気にしなかった。 一瞬だけ、ルリの目が細くなる。「……金を産まない隷嬢に、生きる価値はないわ」
「隷嬢はそう簡単に死ねないわね。残念」◇◇◇
ルリはそっと部屋の隅に向かい、アクリル板のようなもので場所を隔離する。
玲奈は扉の方を見た。身体が動かない。
喉がヒューヒューとする。 逃げ出したいのに身体が動かない。 カチッ、カチッと時計が進む音が響く。 それが余計に玲奈を焦らせる。 しかし、身体に力が入らない。――お願い、時間よ。止まって。
――お願いだから……、いやぁ……。いやあああああぁぁぁぁッッッッ!涙が頬を伝い、涎が唇から零れる。
布団のない、全裸の玲奈の乳房にそれが落ちる。一縷の願いを込めて、ルリを見る。
その願いは空しく空を切る。 そして――、ドアが開く。第五週四日目――快楽市場。前場。 チッカーが光を灯し、文字と数字を映す。 その中で、ある銘柄の数値が目まぐるしく変動していた――。 それは所謂、小口のトレーダーが売り買いする、新人銘柄だった。 ティッカーコード:RENA-09 隷嬢ランク:2 属性:処女(本日喪失済み) 快楽指数:0.8から1.5 Pエネルギー生産量:30org 隷価始値:20JWL/org それを見たトレーダーたちは、困惑しながら周囲と言葉を交わす。 情報戦でもあり、感想を言い合うものでもある。「……小口で、Pエネルギーの最低水準500orgを満たしていないよな?」「新人だし、そこは仕方のないことだろう?」「……処女プレミアムありとはいえ、新人銘柄……。Bランク相手にして、Pエネルギーの生産量自体が少ないのは分かる」 そこまでは理解が及ぶ範囲だった。「隷価始値20JWL/org。取引休止のペナルティもあるし、隷価が下落する。それは銘柄も予想していただろう」「ああ。だからこそアニムス指名権を使って、Bランクを指名したんだからな」 トレーダーの一人が、知らずに顎へ伝う汗をシャツで拭った。 熱いわけでもなく、ただ、銘柄の判断の狂気に当てられて――。「アニムスのランクが上がれば、疑似妊娠確率も上がる。普通の銘柄はそんな博打は打てない」「取引休止が連続すればペナルティも累積するし、俺らはそんな銘柄を見放す」 隷価が落ちるところまで落ちれば、エネルギープラント企業の不良債権となる。 そうなると事故銘柄と扱われ、格安で他のエネルギープラントに売られるかもしれない。 結果は見るまでもない。 快楽市場は、トレーダーの言葉通りRENA-09の隷価を急落させた。 前場で、一気に16.2JWL/orgまで下がったのだ。 だが、彼
第五週四日目――快楽市場にて。 開場を示す五回の鐘が亡都に鳴り響くほんの少し前。 小口のトレーダーたちは、ノート型、スマートフォン型の端末を操作して、取引記録を確認していた。 自分たちの玩具であるRENA-09の取引再開を心待ちにしていた。 取引休止によるペナルティは隷価-20%だ。 それを手ごろ感が出たと思うか、さらに売りが進むか、それは銘柄次第である。 ティッカーコード:RENA-09 隷嬢ランク:2 属性:処女 隷価始値:20JWL/org 快楽市場が開場する前、注文を確定しようと空売り勢が一斉に仕掛けた。「予定通りだ」「ショート積めるだけ積め」「新人銘柄はここで崩れる」「新人銘柄は崩れてからが美味しいんだ」「もっと積め。レバレッジかけろ」 小口のトレーダーたちが笑いながら、注文していく。 開場した瞬間に、一気に隷価が下落する。 それを心待ちにしていた。 大量の売り注文の中に、買い注文が混ざる。 それをショートポジションのトレーダーたちが笑う。「買え買え。それが俺らの肥やしになる」「金を吐き出させろ」「もっと、もっと買え」 出来高が急増し、開場前にもかかわらず異様な雰囲気を醸し出していた。 快楽市場開場直前――、端末の情報が更新された。 注文を確定して、一息ついたトレーダーが興味なさそうに、状態を確認した。「ってッ! 本気かッ!」 ティッカーコード:RENA-09 アニムスランク指名権を選択「最高だッ! 完全に売り確定だ」「疑似妊娠確率の低いDだな」「取引再開後だ。どの銘柄だってリスクは取らないだろう」 トレーダーたちがさらに追い打ちをかけるように、売り注文を入れようとした、その時。「……おい」 ティッカーコード:RENA-09 アニムスランク指名:B
第二章 第六話 壊れた賭け 第五週四日目――。 玲奈に異変が起こったのは取引休止から七日目の朝だった。 アニムスの子を孕んでから、一週間。 早朝の静かな部屋に、玖段の投影する文字と数字が壁に浮かび上がっていた。 玲奈の身体は一糸まとわず、布団がかけられていた。 意識がなく、昏々と眠り続けている。 玲奈とは反対に、玖段は淡々とレポートを表示していく。<胎体サイズ……5.4ミリメートル><出産開始……>「……んん……」 玲奈の身体がびくりと震える。 意識がないのにもかかわらず、苦しそうにうめく。<RENA-09から胎体が切り離し……成功>「んあッ……」 玲奈の腰がわずかに浮き、ベッドシーツがきしむ。 手でベッドシーツを握りしめる。<出産完了>「んは……ぁ……ッ」 苦しみから解放されたためか、喘ぎ声のような声を出し涙をツゥっと一筋零した。 しばらくすると玲奈の膣口から、黄色いゼリー状のものがニュルリと押し出された。 それはスライムのように柔らかく、半透明の塊となって床に落ちる。 ぬるり、と脈打つように動きながら、ベッド脇の隙間を伝って部屋の外へと滑っていく。 それが消えてしばらくすると、玲奈が荒い呼吸を繰り返したあと、ゆっくりと上体を起こした。<Yes。RENA-09。気分はどうですか?> 掛け布団で乳房を隠しつつ、額に指を当てる。 玲奈は、ぼんやりと玖段が文字を浮かべている壁を見つめる。 髪の毛を右手で撫でつけると、脳が再起動を始めた。「……人生で最悪の目覚めよ……」 自分が
第四週五日目朝――、快楽市場が開場を示す五回の鐘が亡都に鳴り響いた。 開場とともに、チッカーが文字と数字の光を灯す。 ティッカーコード、Pエネルギーの生産量、昨日の隷価終値などが描かれる。 だが、それらは取引可能な銘柄である。 取引休止になると、赤いバツ印がつけられ一目瞭然となる。 ティッカーコード:RENA-09 隷嬢ランク:2 属性:処女 快楽指数:――(疑似妊娠のため取引休止) Pエネルギー生産量:――(疑似妊娠のため取引休止)◇◇◇ 取引休止のリストを見ると、快楽市場にいるトレーダーたちが騒めいた。 疑似妊娠や快楽失神による取引休止は、珍しくもない。 だが、新人銘柄であるRENA-09が取引休止となると――。「RENA-09……、珍しいな。まだ四週だろう?」「相手はDランクアニムス。疑似妊娠確率0.5%に入ったか」 トレーダーは可哀そうなモノを見るように、呟いた。「運が悪かったな」「もったいないな――。市場の玩具から銘柄になりそうなタイミングだったのにな」「ああ……、この銘柄は終わったな。どうするかな」 新人銘柄は小口の投資家たちの絶好の玩具だ。 隷価をわざと乱高下させ、隷嬢が所属するエネルギープラント企業の反応を見るのだ。 大体は無反応であるが。 それを越えて、ようやく取引できる銘柄となる。 このトレーダーたちが、小口の投資家たちが引いたあとから、銘柄として値を付けるのだ。 そこまで至らないと判断した、トレーダーたちはチッカーや自分の端末を見て、好き勝手な言葉を並べる。「取引休止のペナルティは、再開後の始値-20%ダウンだろう? 隷価25JWL/orgだとしても、20JWL/orgになる。大分痛いな」「引きが悪ければ、Dランクでさらに生産量もダウン……。悪い材料しかない。
第四週四日目朝――快楽市場開場前。 玲奈はエネルギープラント――Pエネルギーを産みだすセックスをするホテルに、全裸でベッドの上に座っていた。 シャワーを浴びて埃を落とし、身体は綺麗にした。 だが、心は浮かない。 ――アニマと戦闘をしても、隷嬢としての役割は変わらないわ。――隷嬢として求められているのは、Pエネルギーを生み出すこと。 玲奈が視線をベッドに向けると、白いシーツがかかっている。 どれだけ汚してもいい。 むしろ汚しただけ、価値が生まれる。 そう言わんばかりだ。 はぁっとため息を一つ吐いて、髪の毛を撫でる。 ローションや潤滑ゼリーがベッド脇に置かれていて、それを生々しく思い出させる。「来る日も来る日もセックス、セックス。生で膣内射精とか、どうかしているわ」 だが、それをしなければ、玲奈は金が手に入らない。 壁には光の文字が投影されて、自分の隷価とPエネルギー産出量、快楽指数などが表示され、リアルタイムで変化していく。 いつもと同じ、Pエネルギー生産現場だ。 快楽を感じ、それに堕ちる。 それも今では、隷嬢として生きる玲奈の日常の一部となっていた。 「……最悪」 金のために自分が、知らない男――いや、化け物に股を開き、喘ぐ。 女子高生だった自分なら、きっと軽蔑していただろう。――慣れたわけじゃないんだけどね。 隷嬢として生きるために、割り切った部分だ。 身体を売る――、自分への嫌悪感で吐き気がした。 その感情を、脳内に作った禁断の箱へ、押し込んだ。「気持ち悪い……」――自分も、世界も。 玲奈の瞳の奥に闇が宿る。――後悔も、嫌悪感も今は押しのけて。――わたしの生と性を賭けて……。
第二章 第三話 弱者の理 第四週一日目、夕方――快楽市場閉場後。 玲奈はエネルギープラント区画――ホテルとホテルの隙間の道を歩く。 エネルギープラントはバロック調であり、玲奈の服装はゴシックロリータ風のコルセットドレス――黒を基調として銀があしらわれている――で、異世界の姫にも似た姿と、妙に調和している。 日が出ている時間だが、それもしばらくすると赤に染まり、雰囲気が一変する。「逢魔が時、とはよく言ったものね」 玲奈はそう感想を漏らすと、天を仰いだ。 ある意味で、圧倒される光景だ。 ホテルから縦横無尽に配管が、入り乱れているのだ。「悪く言えば、エネルギープラント工場。良く言えば人工の迷宮ね」 隷嬢がアニムスとセックスすることで得た、Pエネルギーを濾過、抽出する施設へ送る為の配管である。 配管は一室一室から飛び出て、路地裏を通っている。 そこに飛び乗ることができるほど巨大なそれ。 日本ではないと、玲奈に感じさせる。「…………」 再び前に視線を戻し、少しだけ目を瞑る。<Yes。取り出したPエネルギーは快楽だけではなく、憎悪や絶望も混じっています。それらを濾過して、加工してから資源になります。隷嬢の憎悪や絶望から、生まれたのがアニマです> アニマは隷嬢を襲う。 産んだことを憎悪しているのか、あるいは、隷嬢の中に戻ろうとしているのか? それは玲奈にはわからない。「昼と夜が混じる時間のように、快楽と憎悪が混じっている……。隷嬢とアニマもここで混じるわね」 魔は立場によって異なる。 隷嬢もアニマも。――いえ、快楽市場が一番の『魔』かもしれないわね。 隷嬢、アニマ。 それを生み出して、金を取引する快楽市場。「狂っているのは誰かしら?」 隷嬢を生み出したこのシステムか? 隷嬢のPエネルギーから生み出されたアニマか?







