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第二話 上場準備

مؤلف: 字捨美衣
last update تاريخ النشر: 2026-07-26 16:00:40

第一章 第二話 上場準備

 玲奈は再び目を開いた。

 少し目を閉じたことで身体が回復したのか、視界がクリアになる。

 白い天井は変わらない。

 ただ、学校や病室の天井で見る、白地に黒やグレーの点々があるトラバーチン模様の天井材ではなく、真っ白な天井だった。

 火災になったときのためか、スプリンクラーのようなものが設置してある。

――視線も感じるけど……、気のせいね。

 玲奈の印象は病室というよりも、ビジネスホテルだ。

 部屋の中は輸液バックのあるスタンドがあるものの、セミダブルほどのベッドの大きさ、そして机と椅子が一脚ずつある。

 気になることは多々ある。

――なんで裸で、点滴を受けているのかしら……。包帯が巻かれているわけでもないのに……。

 自分の制服はどこに行ったのだろうか?

 そして――。

 視線が彷徨った先。

「なにこれ……」

 自分の左肩が目に入った。

 そこに文字がある。

 それは見慣れない書体であるものの、意味は理解できる。

――RENA-09。

 意味は分からない。

 だが、それが自分のものだということだけは分かった。

 玲奈の胸がゆっくりと上下する。

 身体の中で寒さを感じ、少しでも熱を求めるように。

 ごくっと喉元を鳴らす。

 玲奈は嫌な予感だけが、はっきりしていた。

◇◇◇

 しばらくするとキイっと無機質な音がした。

 扉が開く。

 玲奈は反射的にそちらを見ると部屋に入ってきたのは、一人の女性だった。

 医師のようでスクラブスーツの上に白衣を羽織っている。

 背筋がまっすぐで、無駄のない歩き方だった。

 年齢は三十前、二十代後半に見える。

 玲奈よりも身長が高く、金髪のポニーテールが似合っているのだが、眼鏡が少し、怖さを感じさせる。

――よかった。

 玲奈はホッと安堵の息を漏らした。

――女性医師なら、何もないわよね。

 女性は何も言わずにベッドの横へ来る。

 点滴のチューブを見て、無言で外した。

 玲奈の腕に軽い痛みが走る。

「……あの」

 久しぶりに出した自分の声はかすれていた。

「ここはどこですか」

 女性は答えなかった。

 玲奈が女性を見るとネームプレートと顔写真がありトクガワ=ルリ、五州ゴス隷嬢レイジョウエネルギー事業部、と書かれていた。

――五州? 隷嬢? 聞き覚えないわ。

 文字は見たことがない。

 しかし、内容は理解できた。

 玲奈は女性を見ると、背中が冷えるような視線を感じた。

「名前は?」

――医師、よね。

「……玖段、玲奈……です」

 玲奈は名乗りつつ、嫌な予感が消えなかった。

――名前を名乗るときは、不吉に気を付けろ。……お父さんの言葉……。

 それは玖段という名は妖怪の『クダン』……不吉な言葉を現実にするものの名を冠しているから。

 玲奈はその予感が不吉ではないことを祈った。

 女性が小さく頷く。

「そう」

 それだけだった。

 彼女の瞳からは玲奈には何も興味がない、というようだったから。

◇◇◇

 玲奈が何かを聞こうとして、言葉が出ない。

 女性――ルリが沈黙を唐突に破る。

「何が聞きたいの?」

 ルリが椅子に座りつつ、端的に尋ねる。

 玲奈はごくっと息を呑む。

――何もかもが分からない。聞くのにも覚悟が必要、ね。

 まず、自分の知る最後の記憶を頼りに、今の状況を理解できる言葉で紡ぐ。

「……わたしが電車、にはねられて、その、助けてくれたんですよね……?」

「それは知らないわ」

 ルリは眼鏡を直しつつ、すぐに言った。

「他国の少女が緊急搬送されてきた。それだけよ」

 玲奈は黙る。

 言葉が頭に入らない。

――『他国』?

 玲奈は読めないネームプレートを見て、だんだんと不安になる。

 玲奈の混乱をよそに、ルリは続けた。

 どうでもいい、という表情で。

「運が悪いのね。貴女は助かったわ」

 玲奈はルリの言葉に動揺を隠せない。

 ルリは玲奈に近づいて耳元で囁く。

「さらに運が悪いのね。貴女は処女ね。処女膜を確認させてもらったわ」

 玲奈は理解できなかった。

「……え?」

 男性経験はないが、それを知らない人間に言うことはない。

「なんで、え? 確認……」

 戸惑う玲奈とは異なり、ルリはそのまま話を続ける。

「命が助かった代わりに、貴女は隷嬢になった」

 玲奈は言葉を失った。

 『隷嬢』という言葉、左肩に刻印されたRENA-09。

 ゾクリと、身体の芯から嫌な予感が玲奈を支配する――。

◇◇◇

 ルリは真っすぐにしかし、興味がなさそうに玲奈を見る。

 それが逆に玲奈の不安を煽る。

「隷嬢は、セックス中に快楽を感じると、とあるエネルギーを産みだすわ。そのために隷嬢はウィルスを体内に入れる必要がある」

 玲奈の視界には輸液バックがある。

――あの中に……。ウィルスが。

 玲奈の表情が青くなっていく。

「活性化した年齢で固定される。怪我も病気も治る。生理も来ない。月経前症候群PMSもない。処女なら半日ほどで処女膜も再生する。不老よ。よかったわね」

 何がいいかわからない。

――そんないいことばかりあるわけない。

 必ず何かを犠牲にする。

「ちょ……、ちょっと待って……」

 頭の中でぐるぐると言葉が巡る。

 しかし、脳がその言葉の理解を拒絶したように、言葉が滑る。

 ただ、ルリの説明は続く。

 バックを取り出し、ノート型の端末を取り出す。

「ただ、メリットだけじゃない。隷嬢は男――アニムスとセックスして感じるとエネルギーを生み出す。私たちはP快楽エネルギーって呼んでいる。感じれば感じるだけエネルギーの純度と生産量が上がる。簡単なことよ」

 ギシィっと玲奈のベッドが軋む。

 それと同時に、玲奈の喉がヒューっと鳴る。

「な、意味が……分かりません……」

 ルリは端末のディスプレイを見ながら、キーボードで何かを入力していく。

「そのエネルギーは市場で取引して、値をつける。貴女はRENA-09というエネルギーを生産する銘柄ね」

 玲奈は現実に対して、首を振る。

「……わからない、です。」

「別に貴女がすべて一から十までエネルギー市場を理解しろ、という話じゃない。大事なのは、セックスして感じていればいいだけ。エネルギーの取り出しは勝手にやる」

 違う、そうじゃない。

 玲奈は叫びだしたくなる。

 歯がカタカタと鳴る。

 だが、現実に震えるだけしかできない。

「さて、貴女を上場させるための資料を私は作る」

 ルリのモノを見るような瞳に、玲奈は恐怖する。

 涙が一筋、頬を伝った。

 不吉が現実のものになる――。

 

◇◇◇

 玲奈は、自分が何も着ていないことを意識して、布団を胸元に引き寄せる。

 指先が震える。

 玲奈は一縷の望みをかけて、ルリへと尋ねる。

「診察……ですよね」

 ルリは首を横に振った。

「違うわ」

 ルリは玲奈を見た。

 その表情は理解の遅い子供を見るようだった。

「エネルギーがどれくらい取れそうか、チェックしないといけない。今日のアニムスはCランクね。顔だけは良いから安心しなさい」

 涙が頬を伝って、布団に零れる。

 玲奈は僅かに拾い集めた言葉を合わせて、理解した。

 この後すぐに、顔も知らない誰かと性行為をする、と。

「性行為のあと、何もなければ約6時間程度で処女膜は再生するわ。初めてをしっかり味わいなさい」

「いや……」

 玲奈は力の入らない身体に絶望する。

 ルリが玲奈の布団をはぎ取る。そして、右手の親指でスプリンクラーを示す。

「ああ、資料は誰にでも見れるように、撮影されて公開されるから。処女喪失をしっかり見せるのよ?」

 無理矢理犯されて、それを撮影公開される。

 玲奈の精神が崩壊していく。

「……いや、いやあああああぁぁぁぁぁぁッッッッ!」

 ルリは玲奈の叫びを気にしなかった。

 一瞬だけ、ルリの目が細くなる。

「……金を産まない隷嬢に、生きる価値はないわ」

「隷嬢はそう簡単に死ねないわね。残念」

◇◇◇

 ルリはそっと部屋の隅に向かい、アクリル板のようなもので場所を隔離する。

 玲奈は扉の方を見た。

 身体が動かない。

 喉がヒューヒューとする。

 逃げ出したいのに身体が動かない。

 カチッ、カチッと時計が進む音が響く。

 それが余計に玲奈を焦らせる。

 しかし、身体に力が入らない。

――お願い、時間よ。止まって。

――お願いだから……、いやぁ……。いやあああああぁぁぁぁッッッッ!

 涙が頬を伝い、涎が唇から零れる。

 布団のない、全裸の玲奈の乳房にそれが落ちる。

 一縷の願いを込めて、ルリを見る。

 その願いは空しく空を切る。

 そして――、ドアが開く。

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